自宅でリハビリ中

日々思うことや物語なぞ 書いてみます。

赤いテンガロンハット

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 タイかベトナムの男の子のように、黒く、柔らかい茶色い瞳をした男の子だった。長く反り返った睫毛と、くっきりとした二重の瞼。媚を売るのとは違う、凛ととして、こちらがたじろぐぐらい、まっすぐに人を見る。素直で正直な人柄だと、誰もが感じる。体操服の短パンからは、無駄のなく形の良い脚が伸びている。背はそれほど高くないが、胴より脚のほうが長い。丸い膝小僧の下に、白い長靴下をつけ、いかにも足の速そうな赤いスポーツシューズを履いていた。
 人気者の彼は、ある年の学芸会で主役に抜擢された。流行っていた洋画のガンマンの役だった。母親は、この名誉なことに喜んで、赤いデニム生地のカウボーイハットを買った。少年は、大層嬉しそうにその帽子を被って登校した。彼は毎朝通学班の旗を持ち、近隣の子どもたちをまとめている。ランドセルの蓋の横からは、そろばんや笛がのぞいていた。
 今年の学芸会は、有名な洋画の西部劇だった。その少年は、主役だ。長く上を向いた睫毛と真っ黒な瞳は、真っ直ぐに人を捉えている。印象が映画の俳優と重なるところがあった。
 ふうっと、口もとにあてた銃口の煙を消すマネをして、クルクルクルッと人差し指でポケットに差し込んだ。スポットライトが彼の姿だけを照らす。そのシーンで体育館の観客が湧いた。
 もちろん、学芸会は大成功だった。母親は、鼻高々だった。少年は、その帽子を部屋の一番目立つところに飾った。
 学芸会が終わると、いつもの朝がきた。
 母親が、階段の下から名前を呼ぶ。ベッドの後方の朝日が眩しい。眠たそうな彼が、急いで顔を洗いに行く。
 時計を見ると、針は、班の集合時間に差し掛かっている。少年は、急いで黄色い学生帽を被ると、「行ってきます」と班旗を掴み駆けて行った。




記念すべき第1回目は、
定年前になった兄に、捧げます。


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